曾根崎心中
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
この世のなごり 夜もなごり 死にに行く身をたとふれば
あだしが原の道の霜 一足づゝに消えてゆく
歌も多きにあの歌を 今宵しも歌ふは誰そや 聞くは我
神や仏にかけおきし 現世の願を今こゝで
未来へ回向し 後の世も 一つ蓮ぞやと
爪繰る数珠の百八に 涙の玉の数添ひて
尽きせぬあはれ 尽きる道 曾根崎の森
オヽ常ならば 結びとめ 繋ぎとめんと嘆かまし
今は最期を急ぐ身の 魂のありかを一つに住まん
浮世の塵を払ふらん 連理の木に体結ひ 死ぬまいか
いつまで言うて詮もなし はやくはやく殺し殺して
サアたゞ今ぞ 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
いとしかはいと締めて寝し 肌に切先を突き立てん
断末魔の四苦八苦 あはれと言ふもあまりあり
曾根崎の森の下風音に聞え とり伝へ
成仏疑ひなき 恋の手本となりにけり。
南無阿弥陀仏