山椒太夫
ある日正道は思案にくれながら、一人旅館を出て市中を歩いた。
一日,正道依舊一籌莫展,一個人出了驛館,在市裡閒步。
そのうちいつか人家の立ち並んだ所を離れて、畑中の道にかかった。
不知不覺離開了人煙稠密的處所,來到田間小道上。
空はよく晴れて日があかあかと照っている。
麗日當空,晴朗無雲。
正道は心のうちに、「どうしてお母あさまの行くえが知れないのだろう、もし役人なんぞに任せて調べさせて、
正道一面走著,一面心中思忖:“怎樣才能知道母親的下落呢?如果只聽任官員去查,
自分が捜し歩かぬのを神仏が憎んで逢わせて下さらないのではあるまいか」などと思いながら歩いている。
自己不親自去找,會不會神佛怪罪下來,不讓我們母子相逢呢? ”
ふと見れば、大ぶ大きい百姓家がある。
忽然,看見一所頗大的農家宅院。
家の南側のまばらな生垣(いけがき)のうちが、土をたたき固めた広場になっていて、その上に一面に蓆(むしろ)が敷いてある。
房子的南側,稀疏的籬笆內,有一方場院,上面鋪著席子。
蓆には刈り取った粟(あわ)の穂が幹してある。
席子上晾著剛收的穀子。
その真ん中に、襤褸(ぼろ)を著た女がすわって、手に長い竿(さお)を持って、雀の來て啄(ついば)むのを逐(お)っている。
中間坐著一個衣衫襤褸的女子,手上拿著長竹竿,正在轟趕啄穀子的麻雀。
女は何やら歌のような調子でつぶやく。
嘴裡像在哼著什麼。
正道也不知什麼緣故,這女人很牽惹他的心,便站在那裡看著她。
正道はなぜか知らず、この女に心が牽(ひ)かれて、立ち止まってのぞいた。
女人的頭髮蓬亂,沾滿灰塵。再去打量她的面龐,是個瞎子。正道覺得十分可憐。
女の亂れた髪は塵(ちり)に塗(まみ)れている。顔を見れば盲(めしい)である。正道はひどく哀れに思った。
這時,漸漸能聽清女人唱的歌詞。
そのうち女のつぶやいている詞が、次第に耳に慣れて聞き分けられて來た。
正道好似生了瘧疾,渾身打顫,眼裡湧出淚水。
それと同時に正道は瘧病(おこりやみ)のように身うちが震(ふる)って、目には涙が湧いて來た。
女人反复唱的是這樣一首歌:
女はこういう詞を繰り返してつぶやいていたのである。
想你呀安壽,哎喲喲,
想你呀廚子王,哎喲喲,
安壽戀しや、ほうやれほ。
小麻雀呀,若有知,
廚子王戀しや、ほうやれほ。
不用趕呀,快快逃
鳥も生(しょう)あるものなれば、
這歌詞,聽得正道神情恍惚,
疾(と)う疾う逃げよ、逐(お)わずとも。
五內翻滾,想像野獸那樣嚎叫出來,但他咬緊牙關忍住了。
他好似給鬆開綁,一下跑進院內。
正道はうっとりとなって、この詞に聞き惚(ほ)れた。
腳踩亂了穀子,跪伏在女人面前。
そのうち臓腑(ぞうふ)が煮え返るようになって、獣(けもの)めいた叫びが口から出ようとするのを、歯を食いしばってこらえた。
右手捧著護身佛,伏下身時緊貼在額前。
たちまち正道は縛られた縄が解けたように垣のうちへ駆け込んだ。
女人知道這不是麻雀,而是個大物事來禍害穀子。
そして足には粟の穂を踏み散らしつつ、女の前に俯伏(うつふ)した。
便停口不再唱,一雙瞽目,一動不動地望著面前。
右の手には守本尊を捧げ持って、俯伏したときに、それを額に押し當てていた。
這時,宛如乾貝浸水漲了開來,女人的兩眼濕潤了。她張開了眼睛。
“廚子王!”女人脫口喊道。母子二人緊緊抱在一起。
女は雀でない、大きいものが粟をあらしに來たのを知った。
そしていつもの詞を唱えやめて、見えぬ目でじっと前を見た。
そのとき幹した貝が水にほとびるように、両方の目に潤(うるお)いが出た。女は目があいた。
「廚子王」という叫びが女の口から出た。二人はぴったり抱き合った。