一瞬のクオリア(一瞬的感質)
歌:茶太、霜月はるか
作詞:日山尚作曲:霜月はるか編曲:myu
埋(う)もれた鉄(てつ)くずから
在被壓埋的金屬廢墟中
古(ふる)びた人形(にんぎょう)の聲(こえ)が聞(き)こえてくるわ
聽見了老舊人偶的聲音
もう二度(にど)と目覚(めざ)めたくないと
“已經不想再次醒來了”
ひび割(わ)れたモニタにも
出現裂紋的顯示器中或是
崩(くず)れた體(ハード)にも宿(やど)らない
毀壞的硬件裡(哪兒都)無法居留
このココロの精神迴路(かいろ)を斷(た)ち切(き)る
切斷了這顆心的精神迴路
再起動(さいきどう)で要(い)らない精神迴路(かいろ)を斷(た)ち切(き)る
切斷了重新啟動不需要的精神迴路
そうここでワタシは造(つく)られ
是嘛我就是在這兒被創造的
誰(だれ)のためにボクらは存在(そんざい)する?
是為了某個人 我們才得以存在嗎? (我們是為了誰人而存在的嗎?
そして壊(こわ)れていくわ
然後就漸漸走向毀壞了
朝(あさ)を唄(うた)うワタシはエルミット
歌頌清晨我叫埃爾米特
主人(ひと)を癒(いや)すために生(う)まれたの
是為了治愈主人(人)而誕生的
支配(しはい)された四角(しかく)い箱(はこ)の中(なか)
被控制的四角形的箱子之中
空(そら)を繋(つな)ぐ線(せん)が虹(にじ)のよう
與天空相連的線若彩虹一般
それが最後(さいご)の視界(ゆめ)だった
那是最後的視野(夢)
キミが生(う)まれ変(か)わって
你重生的這個過程
どれだけ経(た)っただろう
究竟經歷了什麼呢?
聲(こえ)もかけられなくて
無法與你搭話
遠(とお)くから見(み)つめていたんだ
只能遙遠的注視著
新(あたら)しいモニタには
嶄新的顯示器中
昔(むかし)の思(おも)い出(で)は映(うつ)らない
映不出往昔的回憶
そのままでもシアワセなのかな?
如果就只這樣也能算作幸福嘛?
記憶(きおく)たちは要(い)らないシアワセなのかな
捨去了記憶之類的東西也能算作是幸福嘛?
でもここできみから
但是從在此處的你那兒
忘(わす)れたことキミからも聞(き)いてみたい
也想試著從你那兒打聽忘卻的事情
もらったメロディ今(いま)でも読(よ)める
得到的旋律就算是現在也能讀出
ボクはボクの言葉(ことば)で唄(うた)うから
因為我會用屬於我的話語唱出來
永(なが)い夜(よる)を願(ねが)っているから
因為我在祈求一個永恆的夜晚
どんな場所(ばしょ)に送(おく)られたとしても
就算是被送到一個怎樣的地方
そこで出逢(であ)う主人(ひと)を助(たす)けたい
也想幫助在那兒遇見的主人(人)
いつか別(わか)れる時(とき)までは
直到那個終將到來的別離之時
朝(あさ)を唄(うた)いつづけるエルミット
不停地頌唱著清晨的艾爾米特
夜(よる)を燈(とも)しつづけるランジェルド
每夜點起燈火的蘭傑爾特
高(たか)いビルと汚(よご)れた空気(くうき)に
在高聳的大樓和污濁的空氣中
高(たか)いビルが染(そ)まる汚(よご)れた空気(くうき)に
在熏染高樓的渾濁空氣中
支配(しはい)された歪(いびつ)な街(まち)の中(なか)
被支配的歪曲的城鎮之中
閉(と)ざす扉(とびら) 歪(いびつ)な街(まち)の中(なか)
封閉的大門歪曲的城鎮之中
空(そら)を隠(かく)す窓(まど)の向(む)こう
藏匿天空的窗子對面
空(そら)を見上(みあ)げ行(ゆ)こう
望著天空行進吧
キミがキミの言葉(ことば)で唄(うた)うなら
若是你用你的言語歌唱的話
永(なが)い時(とき)の一瞬(いっしゅん)のクオリア
(就似)久遠時光中的一瞬間的感質*
黒(くろ)い虹(にじ)に覆(おお)われたセカイの下で
(請與)在被黑色的虹光遮蔽的世界裡
出逢(であ)う主人(ひと*)とシアワセに
相逢的主人(人)幸福的…(生活下去)
それが最後(さいご)の感覚(ゆめ)になる
這就是(我)最後的夢想(祈願)